大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)467号 判決 1963年12月10日
控訴人 原告 行田電線株式会社
訴訟代理人 野村清美
被控訴人 被告 城東税務署長 外一名
訴訟代理人 松原直幹
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人城東税務署長が、昭和三一年三月三一日、控訴会社の昭和二八年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度分法人税について、更正決定税額を金八、二〇九、一二〇円とした更正決定はこれを取消す。右更正決定に対する再調査請求につき、同被控訴人が、昭和三一年五月二三日になした再調査請求棄却の決定はこれを取消す。右決定に対し、控訴会社が被控訴人大阪国税局長になした審査請求につき、同被控訴人が昭和三一年一一月二七日になした審査請求棄却の決定はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人はいずれも主文同旨の判決を求めた。
当事者双万の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、後記の外はすべて原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
控訴代理人は「およそ税法については、憲法に基礎を置く租税法律主義によりその拡張解釈、縮少釈解が排除され、すべて成文法の文言により法規範的意味が解釈されねばならぬところ、原判決は成文法の文言を離れ、或いは、これを無視して、法律の文言に反する解釈をなした違法な判決である。
一、およそ会社の吸収合併の場合に、合併会社が被合併会社の権利義務を包括承継することは商法第一〇三条の明定するところであつて、而して会社合併の効果に関する成文法は同条のみであつて、これに反する合併の効果を認めた成文法はない。
法人税法第三条も、商法第一〇三条所定の合併の効果の当然の帰結として、合併会社が被合併会社の確定した納税義務の承継に加え、合併後被合併会社の所得金額につき更正又は決定された場合の追徴税額或いは清算所得に対する法人税についてもその納税義務を承継する旨規定しているのである。而して商法第一〇三条の会社合併の本質については人格同一説ないしは人格承継説が通説で、税法がこの通説に従い会社合併の本質につき現物出資説をとつていないことは、税法が被合併法人に対して合併に伴ういわゆる譲渡所得課税を行つていないこと、被合併法人の貸倒準備金、渇水準備金、違約損失補償準備金、異常危険準備金、特別修繕引当金及び退職給与引当金等が合併法人に承継されることを明定していること(法人税法施行規則第一四条の四第一項、第一四条の七第一項、第一四条の一二第一項、第一四条の一七第一項、第一五条の五第一項、第一五条の一二第一項等-この点については後記で詳論)合併会社を新会社の設立とみないで被合併会社の継続体とみると共に合併差益の複合的剰余金の性格を考慮して、税法上は合併差益を資本剰余金(合併減資益金、資本積立金)、利益剰余金(積立金)、及び評価益の三者に区分して承継することにしていること(法人税法第九条の五、法人税法施行規則第一八条第一八条の二)によつて明かである。即ち税法は会社合併の本質を人格の承継とみているのである。
二、そこで、法人税法も、欠損会社が欠損のない会社を吸収合併する場合、欠損のない被合併会社の権利義務を欠損会社(合併会社)が承継することを認め、繰越金の算入と納税義務の承継を承認している。(現実に右事実が容認されているので、ことさら欠損のない会社が欠損会社に吸収合併され、合併と同時に合併会社の定款を変更して会社の商号を被合併会社の商号に変更する方法が行われているのであつて、かくすれば形式上基本通達八四に牴触することなく、繰越損金算入の目的を達することができる訳である。)それ故に、被合併法人の欠損金についても、その承継を否定する特別の規定がなければ、法人税法第九条第五項の解釈論として合併法人におけるその繰越控除も可能というべく、しかも、右の特別規定は存在しない。
三、然るに、原判決は「被合併法人は合併の日に消滅し、合併法人は合併の日に増資が行われ、被合併法人の資産が引継がれたものとして課税する立場を採つているということができる」と述べ、あたかも合併の効果として被合併法人の資産のみが合併法人に引継がれるかの如く認定し、又損金の繰越は青色申告会社の特典であつて、この特典は移転性がないと述べ、あたかも被合併法人の権利義務以外に特典と称する法律上の何ものかがあるかの如く認定すると共に合併の効果としては被合併法人から合併法人に承継されないものがあるかの如く認定し、更に「被合併法人の税務所得計算は最終事業年度の末日である合併の日にすべて遮断される」と述べ、あたかも法人税法第三条の規定を否定するかの如き認定をしている。
併しながら、青色申告法人が欠損金の繰越控除をなし得ることは、かかる法人の権利であつて、会社の合併の場合には右権利は各種の会社に準用される商法第一〇三条にいわゆる合併により消滅した会社の有した権利に該当するから、被合併法人の右権利は、当然、合併法人に於て繰越控除できるのであつて、原判決の認定は商法第一〇三条、法人税法第三条の規定に反するものである。
以下原判決の認定論拠に反論する。
四、(イ)原判決は理由第一の二の(3) に於て「会社の合併に際し、被合併法人の損金繰越を特に許す場合には、企業再建整備法第三四条の九の第二項、農林漁業組合再建整備法第二〇条第一項第二二条、農業協同組合整備特別措置法第一一条、農林漁業組合連合会整備促進法第一四条の如き特別規定の存することを考えると、法人についての一般的課税規定を定めている法人税法第九条第五項を解釈するに当つては、合併に際し、被合併法人の欠損金は合併後の合併法人の欠損の計算上、繰越欠損金として計算できないものと解するのが相当である。」としたが、まず、右企業再建整備法第三四条の九の第二項の規定は、同法第三四条の八、第三四条の九の第一項、同法施行令第六条の四の諸規定と綜合して考察すると、直接には何等法人税法第九条第五項とは関係なく、原判決の右認定の論拠として右規定を援用することは恣意的で不当であり、又その他の前掲三法条については、右各法条が果して合併法人に対して被合併法人の欠損金の繰越控除を認めないことに対する特別規定であるか否かは、右各規定自体からは、そのいずれとも、にわかに決定し難く、結局この問題は法人税法が会社合併の効果を如何に把握しているかにかかつているものというべきであるところ、法人税法第三条は合併法人は被合併法人の課税所得について納税義務を負うと規定している。この規定は、商法第一〇三条の規定だけでは、被合併会社の既に確定した納税義務の承継に限られ、合併後被合併会社の所得金額につき更正又は決定がなされた場合の追徴税額についての納税義務や、合併と同時に納税義務の発生する被合併会社の最終事業年度分の所得及び清算所得に対する法人税について、又商法の適用をうけない法人については、納税義務が承継されるか否か疑問があるとされていたために設けられたのであり、合併時既に確定した具体的納税義務の承継は法人税法第三条の規定をまたなくとも商法第一〇三条よりの当然の帰結なのであつて、換言すれば被合併法人の権利義務の承継は法人税法第三条の規定によつて特別に認められるのではなく、それは商法第一〇三条所定の合併の効果として法人税法自体もこれを前提として認めている訳である。もし商法の合併の効果に関する規定の適用が税法上認められないとするならば合併差益を問題にすること自体不可能となり、更には合併後の合併法人の所得計算に際し、被合併法人より承継した(税法上ではなく、私法上)資産を度外視しなければならないという奇怪な結果を生ずる。一般に、合併の商法上の効果を法人税法上排除する規定がないのに強いてこれを否定せんとし、個々の具体的な場合に特に税法上も合併の効果を認めるというのであれば、それこそ正に恣意的見解である。
(ロ) 法人税法施行規則(以下規則と略称)には青色申告法人の各種の準備金及び引当金につき規定を設け、法定限度内での損金算入を認めている。(同規則第一四条第一五条)そして退職給与引当金を除き、これらの勘定を設けている法人が解散した場合には、解散の日の属する事業年度終了の日に於て有する準備金、引当金勘定の金額はその事業年度の所得計算上これを益金に算入すると規定されている(規則第一四条の四第一項、同第一四の七第一項、同第一四条の一二第一項、同第一四条の一七第一項、同第一五条の五第一項)。しかし右各規定にはその法人の解散が合併による場合は除外すると規定されているから、合併により被合併法人のこれらの勘定の金額は合併法人に引きつがれ、引継をうけた法人が青色申告法人でない場合には、引継をうけた準備金、引当金勘定の金額はこの合併法人の合併の日を含む事業年度の益金に算入される訳である。そして右各規定に法人が解散した場合(青色申告書の提出の承認をうけている法人が合併に因り解散した場合を除く)と規定しているのは、かかる括孤内の規定の文言がなくても商法上の合併の効果として被合併法人は解散事業年度において準備金、引当金勘定の金額を益金に算入することを要せず、合併法人に一切引継がれ、合併法人が白色法人(青色申告書の提出の承認をうけていない法人)であれば合併法人に於て合併事業年度の益金に算入されることとなり、その限りで当然のことを規定した訳であるが、唯単に法人が解散した場合と規定しておくと、合併による解散の場合も法人の解散であるから、或いは誤つた解釈がなされるおそれがあるので注意的に附加されたに過ぎないのであつて、かかる括弧内の文言によつてはじめてこれらの準備金、引当金勘定の金額が税務計算上も合併法人に引継がれることとなつたとみるべきではない。もし、これに反し、かかる文言がなければ税務計算上の承継は認められないという見解によると、合併による解散であつても法人の解散にあたるから、税務計算上は被合併法人は解散の日の属する事業年度終了の日に於て有する準備金、引当金勘定の金額をその事業年度の所得の計算上益金に算入すべく、しかもこの金額は合併法人に商法上承継されるのであるから、合併法人が青色申告法人であると否とを問わず、合併法人の合併の日を含む事業年度の益金に算入することを要しないこととなる。殊に青色申告法人の場合、この引継いだ金額に相当する部分は、将来これを取り崩す場合に於て果して通常の場合と同じく益金に算入すべきか或いは被合併法人に於て既に益金に算入すべきか或いは被合併法人に於て既に益金に算入し、課税済であるから再度益金に算入することを要しないかの疑問が生ずる。これは「合併により解散した場合を除く」という文言によつてはじめて税務計算上も被合併法人の準備金、引当金勘定が合併法人に引継がれるという無理な前提に立つためであつて、もし右文言がなかつたならばという場合を想定して考えると右の如き不可解の結論になるのであり、これは前提自身が独断であることを立証する。
(ハ) 次に保留した退職給与引当金について考察するに、規則第一五条の一二第一項によると、被合併法人が合併の日に有していた退職給与引当金勘定の金額はすべて合併法人が設けたものとみなされる訳であるが、この規定がなくとも被合併法人の引当金勘定の金額は合併法人に承継されるのであつて、この規定がなければ税務計算上は承継が否認されるという訳のものでもない。規則第一五条の一二第一項は引当金勘定の金額を承継したものとみなすというのではなく退職給与引当金に関する規則第一五条の七ないし同一一を適用する場合には被合併法人より引継いだ引当金勘定の金額は、税務計算上では、被合併法人より引継いだものでなく、合併法人自身が設けた引当金勘定の金額と同様に取扱うというのである。かかる税法上の効果は商法上の合併の効果から必然的に生ずるものではなく、右規則の特別規定によつて初めて生ずるのである。この限りでこの規定は意味を有し、この規定によつて初めて引当金勘定の金額の承継自体が認められるのではない。
(ニ) 次に規則第九条の五第一項は合併法人の合併差益金の内合併減資益金から成る部分の金額及び被合併法人の積立金から成る部分の金額は、これを益金に算入しない旨規定している。これに反して合併差益金の内被合併法人より承継した受入資産についての評価益より成る部分は益金に算入される訳であるがこの規定は、もしこの規定が設けられなかつたならば合併差益金のすべては当然に益金に算入されないというものではなく、商法上の合併の承継の効果として税務計算上も当然右益金算入を認め、特に益金に算入しない合併差益金の内合併減資益金から成る部分の金額及び被合併法人の積立金から成る部分の金額を課税外にするため設けられた規定であると解するのが素直で自然な解釈で、法人税法第九条の五からは税務計算上合併の承継の効果を認める特別の規定を必要とするとの論拠を得られない。
(ホ) 次に合併法人の中間申告に関する規定(法人税法第一九条第二項)は純然たる税務計算技術上の問題に関するもので、商法上の合併の承継の効果に基くものではない。合併法人は商法上被合併法人の一切の権利義務を承継するから税務計算上かかる計算を設けたに過ぎないのであつて、この規定により税務計算上合併に承継の効果が例外的に認められたというものではない。かかる規定がなくとも税務計算上合併に承継の効果を認めなければならぬものである。
(ヘ) 次に又法人税法第二二条の五第一項によれば被合併法人の清算所得の確定申告は合併法人が合併の日から二箇月以内にこれをなすことになつているが、この規定は法人税法第三条の納税義務の承継に伴う税務手続上の規定に過ぎず、この条項から税法上特別の規定がなければ合併に承継の効果を認めることが出来ないと断ずることはできない。
(ト) 租税特別措置法第五四条第三項によれば輸出損失準備金勘定を設けている法人が解散した場合にはその準備金勘定の金額の全部を解散の日をふくむ事業年度の所得の計算上益金に算入すべきことになつているが、合併により解散した場合を除くと規定されており、これについては前記法人税法関係の各種準備金、引当金について述べたところと全く同じである。
(チ) 租税特別措置法第五六条は会社合併の場合における所得の計算について規定しているが、これは同条が法人の所定期間内の解散の場合における解散法人の所定事業年度の所得の計算上益金に算入すべきことを規定している関係上、解散とは趣を異にする合併による消滅の場合につき規定を設けたものであり、それ以上の意味を有するものではない。合併による消滅の場合につき全然規定せず解散の場合のみについて規定しておくと解釈上合併による消滅の場合をも含むのではないかとの疑義を生ずるので、これを明かにしたもので、従つてこの規定からも税務計算上合併に承継の効果を認めるのには、税法に特別の規定を設ける必要があるとはいえない。
(リ) 租税特別措置法第六三条第三項、同法施行令第三九条第三項、第四項によると、合併法人の基準年度の交際費額の決定については合併法人の基準年度の交際費額に被合併法人の基準年度の交際費額を加算するのである。これは合併法人が被合併法人の権利義務を一切承継し、いわばその人格を承継するものである点にかんがみ、被合併法人の交際費額の実積を考慮せんとするものであり、純然たる税務計算の技術上の問題で、従つてこの規定からも亦税務計算上合併に承継の効果を認めるのには税法の特別の規定を設ける必要があるとはいえない。
(ヌ) 以上、法人税法関係並びに租税特別措置法関係にわたり検討するも、その何処にも、税法上は特別の規定のない限り、合併に承継の効果を拒否しているとの法的根拠を見出し得ない。従つて税法上も承継の効果を拒否する特別規定の存しない限り、商法上の効果と同じく、合併に承継の効果を認めなければならない。
以上の如く、判示援用のいわゆる法人税の課税の特例に関する規定はいずれも被合併法人の欠損金は合併後の合併法人の欠損の計算上、繰越欠損金として計算できないという判示の見解の論拠とはならない。
五、原判決は理由第一の二の(4) に於て「商法第一〇三条の内容は、被合併会社の積極財産、消極財産を合せて承継するというだけで、被合併法人の欠損金の繰越控除というような経理関係をそのまま承継する趣旨ではないとし、その理由として、(1) 現実の合併は人格承継という形で行われていない。(2) 法人税法は、被合併法人は合併の日に消滅し、合併法人の合併の日に増資が行われ、被合併法人の資産が引継がれたものとして課税する立場を採つている。(3) 損金繰越の特典は青色申告者としての被合併法人に認められているものであり、青色申告は申告者たる法人の個性に着眼して許したものであるから、繰越損金の移転性はない。(4) 被合併法人の税務所得計算は最終事業年度の末日である合併の日にすべて遮断され、法人税法第九条第五項の立法趣旨に徴しても、欠損金繰越控除の問題が合併後の事業年度に及んで行くと解し得ないという四点をかかげている。
右(1) (2) は合併は人格承継ではなく、被合併法人の資産の引継であるというになるが、これは合併の効果として被合併法人の権利義務の包括承継を認めた商法第一〇三条の法理に反し被合併法人の欠損金繰越控除権の承継を否定するための恣意的立論であり、又(3) は欠損金の繰越控除という特典は一身専属的のものであることを主張しようとするもののようであるが、法人税法第九条第五項の欠損金繰越控除の規定は税法における当期業績主義の例外規定で欠損金の繰越控除は青色申告法人に限りこれをなし得るという制限を規定しているに止まり、それ以上のものではなく、従つて右規定から、欠損金の繰越控除権は特定の被合併法人にのみ一身専属的のもので、その移転が禁止されているという結論は出ないのであつて、合併法人、被合併法人とも青色申告法人である場合に、合併の効果としての権利義務の包括承継から被合併法人の欠損金繰越控除権の承継を除外しなければならぬ論証はなく(この点について原判決は比較法論を展開するが、それらの外国ではどのような会社合併本質観がとられどのような実定法が存在し、どのような理由のもとにそのような解釈論をとるに至つたか明確でないから、原判決の論拠は不十分である。)、又(4) の論拠も右繰越控除権を否定するための恣意的見解である。
六、原判決は理由第一の二の(5) に於て法人税法第九条第五項の規定の性質は法人の所得金額の計算のための規定であり、その計算方法を定めた技術的規定である。元来、税法は商法上の合併の効果が生じた場合に伴う納税義務並びに税務経理の方法、所得金額の計算方法を規律の対象としており、所得計算に関する事項については各事項について個別に規定しているから、規定のない事項については一切旧会社限りで処理され新会社に影響を及ぼさない建前をとつているものと云うべく、法人税法第九条第五項についても合併後の合併会社の損金計算には被合併会社の欠損金は計算されないというのであるが、この論旨は税法に特別の規定がなければ合併の場合の所得の計算方法については一切被合併法人限りで処理され合併会社に影響を及ぼさないという前提に立つものであり、これに関しては合併の場合における所得計算に関する事項については各事項につきその計算方法を個別的に規定しているからというのであるが、かかる個別的規定が原判決の右の論拠とならぬことは前記のとおりである。
七、被合併法人の欠損金の繰越控除を認めることは、法人税をのがれる脱法行為を助長する解釈であり、租税公平の原則に違背することになることは失当である。何故ならば、現実の税務取扱では本件の被合併法人が合併法人になり、合併法人が被合併法人になつて合併し、合併と同時に合併法人の定款を変更し法人の名称を被合併法人の名称に変更し、かくて、本件被合併法人の欠損金繰越控除の目的を達することは許容されているところであるから、その逆の本件の如き場合に被合併法人の繰越損金控除権の合併法人に対する移転を認めないとすることは非現実的である。」と述べた。
被控訴代理人は「法人税法第九条第五項の特別規定としては、原判決摘示の規定の外、その後漁業協同組合整備促進法第一一条、第一三条、租税特別措置法の一部を改正する法律(昭和三六年三月法律第四九号)により同法第六六条の五が設けられ、これらはいずれも組合を整備するため合併が行われた場合に、被合併組合の欠損金を合併組合に於て繰越控除できるという趣旨の規定であつて、右の如き特別規定の存することから考えると、一般的規定である法人税法第九条第五項の解釈としては被合併法人の欠損金を合併後の合併法人に於て繰越控除することはできないと解するのが相当である。
尚控訴人は企業再建整備法第三四条の九第二項は直接には法人税法第九条第五項とは関係がないと主張するが、右両法条の関係は企業再建整備法第三四条の九第三項に規定されており、同法第三四条の九第二項は被合併法人と合併法人との間の欠損金の繰越控除について規定したものではないが、企業再建整備の目的から異なる法人格(特別経理会社)に生じた欠損金を実質上他の法人(第二会社)に於て控除することを特に認めた点に於て法人税法第九条第五項の特別規定をなすものである。
又控訴人は、会社合併の本質は税法上に於て人格承継であるとして捉えられていると主張するが、税法は無条件に合併を人格の承継として取扱つているものではない。従つて所得計算上被合併法人のいずれの税法上の権利義務を合併法人に承継せしめることが適当であるかを、個々の問題につき、独自の立場に立つて解釈すべきであり、そして租税特別措置法第六六条の五に規定されている繰越欠損金についての特例は協同組合の合併促進の立場からの政策的考慮にもとずくものである。」と述べた。
立証として、当審に於て、控訴代理人は甲第七、八号証の各一、二を提出し、後記乙号各証の成立を認め、被控訴代理人は乙第三ないし一〇号証の各一、二第一一号証の一、二、三第一二号証の一、二を提出し、証人武田昌輔の尋問を求め、右甲号各証の成立を認めた。
理由
第一控訴人の被控訴人局長に対する請求についての判断。
一 原判決事実摘示にかかる控訴人の請求原因一の事実は当事者間に争なく、而して同請求原因三の(一)及び(二)記載の控訴人の主張(審査決定通知書に、控訴人の審査申出は法人税基本通達八四により理由がない旨記載して、控訴人の審査請求棄却の決定をなしたのは法律によらずしてなした違法な決定である旨の主張)は原判決と同一の理由により採用できないと判断するから、ここに当該部分(原判決一三枚目裏八行目以下一五枚目表七行目迄の部分)を引用する。
二 控訴人は「法人の合併は商法第一〇三条に明定する如く、これにより、被合併法人の動産、不動産、債権、債務その他一切の財産を合併法人が包括的に承継するもので、会社合併の本質については人格同一説、人格承継説が通説であるところ、法人税法に於ては右商法の規定を当然の前提としており、従つて所謂青色申告会社である被合併会社が法人税法第九条第五項により繰越控除を認められた欠損金は、当該被合併会社の財産を包括的に承継した合併会社が同じく所謂青色申告会社である場合には、禁止規定のない限りこれを承継しその繰越控除が認められることは明かである」旨主張するので判断する。
1 思うに、会社の吸収合併の場合存続会社は被合併会社の権利義務を承継することは商法第一〇三条の明定するところである。この会社合併の本質は一の法人格が清算を伴うことなく他の法人格へ合一して消滅し、同時に一の法人の財産全部を他の法人へ包括的に移転する二面から成立つているのであつて、右合併により存続会社に移転される権利義務とは被合併会社の私法上の実質的な積極的、消極的財産を指し、計算上の数額である資本や準備金、或は単なる経理計算関係の如きはこれに該当するものではなく、又被合併会社の公法上の権利義務が合併存続会社に承継されるかどうかは当該公法上の権利義務の性質により各別に検討されるべきものである。(商法第一〇三条は私法上の権利義務に関するものである。)この点、事の性質上、存続会社は被合併会社の確定した具体的な納税義務は勿論のこと、いまだ具体化されない抽象的納税義務(例えば被合併会社の最終事業年度分の合併により発生する納税義務等)をも承継すべきものというべく、法人税法第三条も亦これを明文によつて明かにしているところである。
2 併しながら、被合併会社の納税義務を合併存続会社が承継するということと、法人税法第九条第五項により損金の繰越控除を容認されていた被合併会社に右条項に該当する損金がある場合青色申告会社である存続会社が被合併会社の右損金計算を承継してこれを自己の課税所得から控除できるかどうかということとは別問題で、この点控訴人の見解とは異り後記理由により存続会社が右損金の承継控除をなすことは許されないと解するのが相当である。
イ 控訴人は商法第一〇三条による会社合併の本質については人格同一説もしくは人格承継説が通説で、その当然の帰結として合併存続会社に於て被合併会社の損金の承継控除も認められるものであるとすること前記のとおりであるが、商法第一〇三条による合併の本質は人格の同一化又は人格の承継にあるというもそれは一の比喩に過ぎず、これによつて被合併会社は合併時点以後は存続会社に合一し、存続会社が被合併会社の実質的な私法上の積極的、消極的財産を包括的に承継するというに止まり、合併以前別人格としてそれぞれ存在していた合併会社と被合併会社とが合併以前の状態にまでさかのぼつてあらゆる法律状態にわたつて融合していた一の人格であつたという効果を当然には付与するものではないのである。即ち例えば合併前の被合併会社の経理計算関係等(課税所得算出上の法人税法第九条第五項にもとずく損金の発生、その繰越控除の如き)一切の法律状態は、合併により存続会社の合併前の各時点におけるそのときどきの法律状態として取扱うことが当然に認められるというものではないのである。それ故に、合併存続会社が被合併会社の納税義務を、それが公法上の義務とはいえ、事の性質上承継するからといつて、実質的な積極的消極的財産ではなく単に法人税法第九条第五項所定の損金の繰越控除という元来被合併会社の課税所得算出のための経理関係に過ぎないものをも(控訴人はこれを繰越控除権と呼称し一の実質的な承継の対象となる具体的権利と考えているが、この見解には賛成できない。欠損金の繰越控除は、これを認めることによつて具体的な納税額が減少するという点では一の法律上の利益にあたるが、被合併会社の有する右繰越控除の利益=これを権利と称するかどうかは兎も角として=を合併存続会社が承継するということは、合併会収が被合併会社の過年度の損金=これは計算関係にすぎない=を自社の当該過年度の損金そのものとして計上し、これを自社の課税所得算出にあたり総益金から控除することを意味するものである。併し合併が当然にはこのような損金の承継をもたらすものではないことは前記のとおりで、即ち控訴人の称する繰越控除権は具体的権利性はない。)合併会社が承継するというには、他に別段の法規もしくは合理的な根拠がなければ認められない。(商法第一〇三条により移転される私法上の権利義務についても計算上の数額に過ぎない資本とか各種準備金、経理計算関係をふくまぬことは前記のとおりである。)即ち、右承継は、合併の本質について人格の合一もしくは承継説をとるにしてもその当然の帰結として認められるという議論を採用する訳にはいかない。
ロ 税法に於ては一定額の税収入をあげ又は特定の事業を保護育成するという政策的配慮から会社の計算規定についても商法のそれとは自ら異るものがあることは当然で、商法の立場とは異つた右の配慮、目的から商法とは異る会社の計算規定をなし得ることは勿論である。税法は右の政策的配慮から商法の規定による合併の効果が生じた場合に伴う納税義務、税務経理の方法、所得金額の計算方法等の各事項について個別的に規定しているのであつて(例えば被合併法人の貸倒準備金、渇水準備金、違約損失補償準備金、異常危険準備金、特別修繕引当金、退職給与引当金等の合併法人への承継)従つて規定のない事項については一切旧会社限りで処理され合併後存続する会社に影響を及ぼさないという建前をとつていると解するのが相当である。(税法は、被合併会社の合併存続会社への継続性を承認する立場から、帳簿価格による引継を承認し、又前記各種準備金、引当金の承継は当然で従つてこれを認めた規定も単なる注意的確認的規定にすぎないとする議論には賛成し難い。)
ハ ところで、法人税法上法人合併の場合に被合併法人の同法第九条第五項により繰越控除を認められていた損金計算を合併法人が承継することを認めた一般的規定はない。かえつて、租税もしくは経済政策上その承継の必要があると認めるときは、原判決挙示の農林漁業組合再建整備法(昭和二六年法律第一四〇号)第二〇条第一項、第二二条、農業協同組合整備特別措置法(昭和三一年法律第四四号)第一一条、農林漁業組合連合会整備促進法(昭和二八年法律第一九〇号)第一四条の外漁業協同組合整備促進法第一一条、第一三条、租税特別措置法の一部を改正する法律(昭和三六年法律第四九号)第六六条の五の如き個々の特別規定が制定され尚同趣旨の目的を有する企業再建整備法(昭和二一年法律第四〇号)第三四条の九の二項の如き規定が設けられているのである。即ち法人税法上被合併法人の同法第九条第五項による損金計算は存続会社か承継しない建前をとつていることがうかがわれるのである。
ニ 法人税法第九条第五項が設けられた趣旨は原判決の説示(原判決一五枚目終りから二行目以降一六枚目表一〇行目迄)のとおり各事業年度毎の所得によつて課税する原則を貫くと数年に旦り各事業年度を通じて所得計算をする場合に比し税負担が過重となる場合が生ずるのでその緩和をはかるためであつて、ひいてはこれにより当該法人の健全な企業活動を期待保障しようとするものであると考えられるから、この立法趣旨からするも、損金の繰越控除が許されるには当該法人が独立の人格とその同一性を保つていることを当然の前提としているものと解するのが相当である。即ち被合併会社が合併存続会社に吸収されて解散した場合に存続会社の課税所得計算上被合併会社の損金計算の承継を認めることは法人税法第九条第五項の予想しないところであると考えられる。
ホ 控訴人は、欠損会社が欠損のない会社を吸収合併した場合に、税法は欠損会社が欠損のない被合併会社の権利義務を承継することを認め、繰越金の算入と納税義務の承継を承認しており、それ故に、ことさらに欠損のない会社が欠損のある会社に吸収合併されて合併と同時に合併会社の定款を変更し又その商号を被合併会社の商号に変更する方法が行われており、このようにすれば形式上基本通達八四に牴触することなく欠損会社の繰越損金算入の目的を達することができる訳であるから、その逆の場合(欠損のない会社が欠損会社を吸収合併する本件の如き場合)につき繰越損金の承継を否定することは合理的根拠を欠く旨主張する。
思うに、吸収合併の場合被合併会社は合併会社に合一して合併の日に消滅する訳であるが、その実体はあたかも合併存続会社において増資を行い、かつ、他社の営業を買収して企業を拡張したと同一の効果をもたらすもので(被合併法人の最終事業年度を定めた法人税法第七条第五項、被合併法人の清算所得を定めた同法第一二条の二の一項、合併差益を規定した同法第九条の五は、被合併会社の税務計算は最終事業年度の末日である合併の日にすべて遮断され合併法人は合併の日に増資が行われ、被合併法人の資産が引きつがれたものとして課税する立場をとつているとみられる。決定準備金その他経理関係上の数字はこの資産評価につき間接の影響を与えるにすぎず、これらのものが直接当然に引継がれることはあり得ない。)合併存続会社は終始その人格の独立性と同一性を保持しているのであつて、合併後従前の繰越欠損金を控除することは何等法第九条第五項の前記法意に反するものではない。もつとも小規模の欠損会社が大規模の利益を挙げている会社を吸収合併した後商号などを変更するというような異常な合併については、実質上存続会社が同一性を保持しているとはいえず、前記法条の立法趣旨に反し、繰越損金の算入のみ目当とした租税回避手段とみるべく、現在のところ、かかる回避手段が一応合法的なものとして放任せられているからとて、利益会社が欠損会社を吸収する通常の場合についての前記解釈を左右しない。
ヘ 会社が合併するに際しては、互に相手会社の実質的な財産内容を十分に調査し、すべての事柄を経済的に評価し利害得失を慎重に考慮した上で合併条件を定め合併契約を結ぶのが現実の姿であることは企業の性質、商法第四〇九条第四一二条等の規定から容易にうかがえるところで、もし控訴人主張の如く合併会社の課税所得の計算上被合併会社の損金計算を承継してその控除を認めるとすれば、被合併会社の損金が経済的価値を有するに至り、その損金が大なれば大なる程あたかも資産が増大するが如き現象を生ずる不合理な結果をもたらすのである。
3 以上、被控訴人局長のなした本件審査決定には控訴人主張の如き違法はないから、その違法があるとして右決定の取消を求める控訴人の本訴請求は失当で棄却されるべきもので、これと同旨の原判決は相当である。
第二控訴人の被控訴人署長に対する請求についての判断。
原判決事実摘示にかかる控訴人の請求原因一の事実は当事者間に争がない。
ところで、控訴人は、被控訴人署長のなした本件更正決定並びに再調査決定は、法律の解釈を誤まり、控訴人が被合併会社の欠損金の繰越控除権を承継取得したことを否認し、違法に税額等を決定したものであるから、取消さるべきであると主張するが、前記第一の二以下に於て判示したとおりの理由により、右更正決定並びに再調査決定には控訴人主張の如き違法はないから、その違法があるとして右各決定の取消を求める控訴人の本訴請求は失当として棄却されるべきもので、これと同旨の原判決は相当である。
以上本件控訴はいずれも理由がないから民事訴訟法第三八四条に則りこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宅間達彦 裁判官 増田幸次郎 裁判官 井上三郎)